前回の続きです。うつ伏せオナニーでパンツやズボンをザーメンまみれにしていたガキも、いよいよ中学へ進学しました。そんな僕が、「オナニー」という言葉と一緒に、チンコを手で扱く、という方法を知ったのです。
部活の同級生が教えてくれたオナニーの方法
僕は、物心ついたときからゲイだったので、女性の裸やオッパイ、オマンコなどには全く興奮しません。そのため、性欲旺盛な小中学生のガキどもがエロ本の類を見て興奮していても、「くだらない」と言って見向きもしませんでした。そうしたエロ本のどこに魅力があるのか、本当に分からなかったんですね。ツンとした態度を取る僕ですから、同級生のエロトークなどからはハブられるわけですよ。となると、僕はますます性に関する情報から遠ざかり、セックスやオナニーの方法だけでなく、男性器がどうあるべきかについてまで、全く知りませんでした。「包茎」という言葉を知らず、包皮を剥いて亀頭を露出して恥垢を洗うこともしませんでした。チンポの先を皮が覆っているのは当たり前で、それをどうこうすること自体、考えられないことでした。家族や親戚も、誰もそこら辺のことを教えてくれませんでしたし……。真性包茎ボーイだった僕は、相変わらずうつ伏せオナニーを毎日行っていました。
さて、そんなうつオナ少年にも転機が訪れます。当時、僕はサッカー部に所属していました。一年生のとき、同級生の一人が何かの弾みで「しゅうとはオナニーしてる?」と聞いてきたのです。そのとき僕は「オナニーって何?」と聞き返しました。「えっ……しゅうと、オナニーを知らないの……」一緒唖然とした同級生は、その後簡単にオナニーの方法を教えてくれました。「自分のアソコを手で握って上下に動かすんだよ。そうすると気持ちよくなって精液が出るから」この会話を他のサッカー部員に聞かれなかったのは幸いでした。僕は誰からも笑われることなく、オナニーについて知ったのです。同時に、自分が毎日うつ伏せになってやっている行為もオナニーであることに気づきました。他の人達はどうやら自分とは違う方法で気持ちよくなってるぞ、ということに焦りを感じ、僕は帰ってすぐ自室にこもり、手を使ったオナニーをやってみました。
包容力のあるガッチリした年上お兄さんから背が低くて細身のクラスメートへ……
初めて手を使ったオナニーをしたとき、僕は、クラスメートの男子をズリネタにしました。この時期は、僕の恋愛の対象が変化していく過渡期だったのです。
小学生くらいまでは、包容力のあるガッチリした年上お兄さんが基本的には好みでした。そういうお兄さんに抱かれ、頭を撫でられたいと思っていました。しかし、僕は中学に入学して、一年で10センチ以上身長が伸びました。当然年齢も上がっていきます。自分より体格が良くて年上というとオッサンがメインになってくるんですね。自分の父親みたいな男に抱かれたいと思わなかったので、好きになる男性のタイプが変わってきました。テレビ画面の向こう側で活躍する特撮ヒーローのお兄さんから、もっと身近な場所にいる存在――そう、クラスメートに心が動き始めたのです。
中学生になると、同じ年齢の男子でも、体格に大きな差が出てきます。僕が160センチを超えた頃、まだ150センチくらいの小柄な子もいました。そんな小柄な男子に気持ちが向き始めたきっかけは、テレビ番組で弟の存在を羨ましい、と思ったことにあります。それまでは「お兄ちゃんに可愛がられたい」思いが強かったのですが、逆に「弟を可愛がりたい」と思うようになってきたんですね。ただ残念なことに僕は一人っ子。弟はいませんでした。となると、同じクラスで同じ時間を過ごすクラスメートに目が行くようになりました。
さて、1年の夏休み明けに転校生がやってきます。隣の市から転入してきたKは、背が低くて細身で、ちょっとサル顔の男子でした。彼はあまり賢くありませんでしたが運動神経は抜群で、バスケットボール部に入ってすぐ活躍するようになりました。最初のうち、僕はKに興味がありませんでした。しかし、数か月経って、Kと一緒にクラスの仕事などをするようになり、僕とKはよく話すようになったのです。そんな経緯から、Kに対する特別な感情が芽生えたのです。
男同士の相互フェラチオを妄想しながら皮オナニー三昧!
Kに対する感情が恋心に変わったのは、冬休み前のある日のことでした。僕とKは二人きり図工室を掃除していました。そのとき、何かの理由があって、僕はKの手を握ったのです。Kは嫌がるかと思っていたのですが、嫌がるどころかしばらく僕の手を握り返したした。男同士二人きりで掃除していたので、誰を気にすることも無く、手をつないだ状態で遊んでいました。「これはいける!」と僕は思ったのでしょうね。この事件?以来、僕は、Kの手だけでなく、体のあちこちを触り始めました。
体を触るといっても、ズボンの中に手を突っ込んでチンコを握るとか、アナルに指を突っ込んで前立腺を刺激するとか、そういうのは全くありませんでした。ただ、僕がKの後ろから抱き着いてそのままの状態でいたり、Kを膝の上に乗せて一緒に話したり……そんなことを人前でもするようになりました。Kは嫌がるわけでもなく、普通に僕のスキンシップを受け入れていました。今思えば、Kにもそっちのけがあったんでしょうね。そして、僕とKがイチャイチャしていても、別に誰も何も言ってきませんでした。まあ、中学生特有なのかもしれませんが、男同士・女同士で妙に仲の良い連中は他にもいましたし、そんなことでどうこういうようなクラスではなかったんですね。ある意味僕はラッキーだったのかもしれません。
こうしてKを弟のようにかわいがる日々が続く中、僕の中にはあるイメージが生まれたのです。それは、僕とKが裸になって、お互いのペニスをしゃぶり合う、というイメージです。当時の僕は性に関する知識は全くありませんし、ゲイホモ向けの情報に接する機会すらありませんでした。そのため、そのイメージの中で行われている行為が「相互フェラチオ」「69」などと言われる行為であることを知らず、そもそも「フェラチオ」という言葉すら知りません。なのに、僕の中には相互フェラチオのイメージが誕生したのです。本能のなせる業でしょうか?人体の神秘ですね(笑)
僕はKとフェラ合戦することを妄想しながら、勃起したチンポに手をあてがいました。包皮の上から亀頭部分を握り、その状態で手を上下運動させました。一回も剥いたことのない亀頭は敏感で、皮越しに伝わる手の振動が程よい刺激となりました。しかも、うつオナ時代から早漏だったこともあり、「Kのチンコ美味しいよ~」なんて口走りながら扱くとあっという間に射精です。皮に包まれた包茎チンポは勢いよくザーメンを飛ばすことも無く、包皮の間からドロッとした白濁液が溢れるだけでした。精液が飛び散るわけでなく、かつズボンやパンツが汚れることもありません。僕は、「チンコが固い状態でも気持ち良くなれるじゃん!同じ快感を得られるのなら、後処理が面倒なやり方よりもこっちのオナニーの方がいいな」と思うようになりました。こうして僕はうつオナから皮オナニーへと移行していったのです。
性の対象が変わると同時にオナニー方法も変わるという人生の転機において、しかし、不幸は訪れました。Kと喧嘩したまま、仲直りできなくなったのです。中学2年のときにはKとスキンシップができなくなり、失意のどん底で僕の皮オナニーは回数が増えていくのでした。二度とは戻ってこないKのペニスをしゃぶる妄想に囚われながら……(続く)